相原 豊(あいはら ゆたか)
YUTAKA AIHARA
1979年6月21日生まれ
WORK:
サッカー指導者
ユタカフットボールアカデミー(タイ/バンコク)代表
YUTAKA AIHARA
1979年6月21日生まれ
サッカー指導者
ユタカフットボールアカデミー(タイ/バンコク)代表
セルビア人のダブル。
マザラの練習にも来たんだよね。
マザラってのはボクがモンゴルで所属してたチーム。
大会が終わってオフのはずなのに、折角だからみたいなノリで指導してもらってたのよ。
ホレ、今までのコーチはなんも言わないでニコニコしてるだけだったから・・・
で、練習前に挨拶。
ここでもダブルはある程度の不機嫌だったよね。
だって、思った以上に出来てないんだもん。
そりゃボクだって最初はホームシックレベルの衝撃受けたんだもん。
ダブルの衝撃だって相当なもんだよね。
朝青龍と白鳳のぶつかった時の衝撃並みだろうね。
2タッチのボール回しすら出来ねえし・・・
故に練習は基礎練習中心。
・・・
・・・
つまんねえ。
ゲームしてえ・・・
やっと始まったゲームはちょびっとだけ。
くそっ。
2日連続でろくなもんじゃねえ。
モンゴル人はにこやかに終わったけど、物足りねえったらありゃしねえ。
モンゴルの深さを受け入れるしかなかったね・・・
さて、モンゴル話に戻りまして。
まだまだ続くよ。モンゴル話。
モンゴルにやってきたダブル。
ヤツがモンゴルの子供達に指導を始めたのよ。
なんか真剣に子供達は話聞くのよね。
だから、ボクのお気に入りの”こん平”の隣に行って邪魔してやったさ。
カワイイにこやかスマイルですよ。
これで、こん平が真面目に聞けなんて怒られた日にゃ、ユタカさっさとその場から離脱っすよ。
完全に邪魔だけをしてるジャパニーズね。
でね。
ボクにはある疑問が。
ダブルはモンゴル人の子供にちゃんと指導できるか?
いやさ、彼が指導してる子供ってセルビアで上手い子たちだろうからさ、こういう上手くない子供たちを見たことあるのかなって。
案の定・・・
あまりの出来の悪さにかなり苛立ってたよ。
なんか、基本トレーニングからして出来ねえんだよ。
そりゃそうだ。
やった事ねえんだもん。
やっぱりね、上手い子に教えるのそうでない子に教えるのって違うからね。
で、問題はそのダブルよ。
ボクの所にツカツカやってきてさ。
”お前のスクールではこういうトレーニングしないのかっ!!!”
いや、まずこのチームはボクのチームじゃないし・・・
しかも、ボクに当たるなよ・・・
なんで、全く身に覚えのない事でやつ当たりされにゃならんのよ。
昔っからガミガミ言われるのが嫌いなのよ、ボクは。
もうね、体育館から一時脱却。
それが大失敗。
外は寒いよ~。
ダブルが熱過ぎて忘れてたよ。
クソッ!
ろくなもんじゃねえ。
さて、そろそろモンゴルのお話でもしましょうか。
デレン墨田なんだけどさ、セルビア人のコーチを呼んだのよ。
パルティザンっていう、オシムさんが監督をやってたチームなんだけど、そこのジュニアを指導してるダブルってヤツが来たのね。
朝っぱらからチューカさんと空港に迎えに行ったよ。
こんな朝もやの中ですよ。
あ、一応確認しとくけど、クソ寒いからね。
そんなクソ寒い中、なんでボクも迎えに行ったかって言うとね。
実は、このダブルってヤツはバングラデシュの代表監督も務めた事があったんだよね。
ウィ~。
被害者の会設立しちゃう?
ってな感じで空港まで行ったんよ。
由緒正しきチンギスハーン空港。
ここで、1時間遅れの飛行機を暫し待ってたのよ。
で、いよいよダブル登場。
寒いし、さっさとチューカさんちに移動。
コイツがダブル。
もちろん左側ね。
で、ボクさ。コイツはサッカーのレベルが高いんだろうなって人がいると、とりあえず話してみてサッカーを盗む作業をするのね。
しかも、こっちは被害者の会同士(の、つもり)だし。
まず話題は、バングラサッカーから。
いきなり、会話弾まねえ・・・
そうね。お互い被害者だもんね。
で、ヨーロッパサッカー、セルビアサッカーについてお話。
このダブルってヤツぁ、スゲエ熱く説明すんのよ。
殆ど訳せなかったんだけどね・・・
でも、最後の言葉は完全に訳せたよ。
”で、おまえは何処の国の人間だ。”
OH!
まさか、そんな疑問を抱いてたとは。
空港までチューカさんと一緒に日本人と一緒に出迎えてるんだぜ。
もう言われ馴れたもんだけど、モンゴルに行ってもボクは国籍がいささか不明なようでしたとさ。
まず、昨日のNHKの”ミッション”。
渡辺さんじゃなかったね。なんかゴメンナサイ。
そして、タイに戻って来てもうすぐ1ヶ月が経とうとしてるのに、未だモンゴル話でゴメンナサイ。
でも、しょうがないじゃん。
ネタがまだまだあるんだから。
むしろ、ネタを作りに行ったようなもんだからさ。
ボクの海外ってそういうノリだからさ。
サッカーなんて2の次よ・・・
で、モンゴル行く前のみんなの一言。
”朝青龍に会ってくるんでしょ?”
あのさ、あの広大な土地で、どんな確率だよって話よね。
確かに、朝青龍は人より面積がデカイから多少は確率高いかもしれないけど・・・
と、思ってたら、会っちゃいましたよ。
まさかの旭鷲山さんの方に。
ワケあって一緒に昼飯食っちゃいましたよ。
でさ、現役時代”技のデパートモンゴル支店”と呼ばれた、日本相撲会へのパイオニアの旭鷲山さん。
デパートじゃないけど、”旭鷲山タワー”なるオフィスビルがあったよ。
まだまだ日本語ペラペラでウェルカムな人だったよ。
今はモンゴルで議員さんをやってるんだよね。
いやぁ、日本の議員さんにも会った事ないのに、モンゴルでまさかのご対面ですよ。
握手した手こそ、肉厚で柔らかかったけど、あの圧力とオーラはなかなかだったよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%AD%E9%B7%B2%E5%B1%B1%E6%98%87
ドラクエファンなら分かるかな?
攻撃呪文で1番強力な呪文。
モンゴルでまさか受けるとは。
羊肉のヌードル。
ただの羊肉ならイケるのよ。
たださ、スープ&ヌードルってなると、匂いが一気に襲ってくるのよね。
モンゴルに敬意を表さなくていいのなら、ハッキリ言いますよ。
スゲエ臭えっ。
コレを食うまでは、オシッコが羊肉の匂いがしたのね。
コレ食ったら、オシッコの匂いが獣の匂いになるのよね。
”抱かれたくない男”とかってあるじゃない。
当時のボクは、”抱かれたくない獣”となってたね。
チューカさんの家にて。
”ユタカ、おまえはもううちの家族だから、遠慮しないで好きに家のもんを使って良いぞ。”
だって。
ありがたい言葉だね。
で、冷凍庫の中を覗いてみたのね。
スゲエよ。
肉のみ・・・
これでも、うちらが結構食ったから、減った方だよ。
そりゃ力強くなるよ。
サッカーの練習後、子供同士で相撲やってじゃれてたのね。
で、おじさんも参加しちゃおうって事で、ボクはいかにもモンゴルな子供と対戦してみたのよ。
コイツね。
軽く遊びのつもりだったけど、コイツ、バリ強えからね。
なんで、試合中とかすぐに倒れるのに、こんな遊びの相撲じゃ倒れてくれないんだろうね。
おじさんムキになっちゃったよ。
ギリギリの勝利だけど勝ちは勝ちよ。
コイツの強さを見て、サッカーやんないで相撲やった方が、日本で儲かるのにって思ったよね。
そりゃ、サッカーやらんよね。
韓国人達とのサッカーの後、不測の事態が。
なんかね、寒過ぎるとね、デジカメのバッテリーの減りって早くなるらしいの。
バッテリーが無くなっちゃった・・・
で、急遽携帯の写メでの撮影。
さ、その日は子供の練習試合の日。
ボクも見に行ったのね。デレン墨田の試合。
グランドはあの朝青龍が使ってたグランド。
こんなに何回も使うと、もうボクの中でありがたみが無くなるよね。
で、この日もやたら寒いのよ。
0℃に辿り着かない日々は続いてたのよ。
でも、子供達は元気に頑張ってるワケですよ。
ま、さすがにニット帽、手袋着用で試合だけど。
子供の熱い試合。
コーチも熱くなってるのよね。
だけどさ。
ホレ。試合なんて言われても、ボクは別にやる事ないのよ。
だからさ。
控室にて控えさせてもらったよ。
たまにグランドに出ては、相手チームの監督さんに、チョコレートティーを貰って、寒くなって控室へ。
そして、また飲んで、お腹冷えて、オシッコして。
あの日のボクは、全くサッカーに関与することのないサッカー選手だったね。
故に、試合の結果は分かりません。
子供が頑張ってたのは頑張ってたと思う。
勝敗で言ったら、ボクが寒さに負けたくらいかな。
以上が、練習試合の報告。
・・・そりゃスポンサー企業に言われるよね。
”ユタカさん、ブログ見させてもらってますけど、あんまりサッカーやってませんよね。”
・・・陳謝します。
ボクが朝一でウランバートルに帰って来た日。
日本人の人たちとサッカーやる事になってたの。
ボクの生活には切っても切れない青年海外協力隊の人たちね。
で、日本人、モンゴル人、韓国人のサッカーだったの。
でさ、ボクが色んなプレーをしたら韓国人が”明日、モンゴル人と交流戦があるから来てくれ”なんて言うのよ。
行きましたよ。
例の朝青龍がサッカーやってたグランドに。
そして、これが噂の‐8℃でのサッカーよ。
13人いるでしょ。
ベンチに座ってたらそのまま凍っちまうよね。
ってことで、ベンチ0人。
まさかの13対13のゲームKick Off!!!
いやぁ、報われない努力ってあるんだね。
どんだけ走ってもあったまんねえよ・・・
むしろ走ったら風が顔に当たって逆に痛えし。
で、ハーフタイム。
”飲みな”手渡された水。
・・・あのぉ、少し氷が張ってるんですけど。
なに、冷蔵庫の方があったかいってことかしら?
この期に及んで冷や水を与えられ、後半戦。
って言っても、寒さ以外になんもない試合だったし内容はそっと保冷室へ。
暑いサッカーってボクの引き出しに、新たに極寒のサッカーが加わったよ。
前回のでモンゴルの話終わったと思った?
ゴメン。
まだまだだよ。
ってゆーか、ようやく折り返しくらい。
もう暫し、付き合いのほどを。
朝っぱらにウランバートルに到着。
で、そんな朝早くのクソ寒い中、チューカさんが迎えに来てくれたの。
チューカさんってのは、何回か説明してる”デレン墨田”っていうU-13のチームの団長さんで、会社の社長さん。
ボクは残りのモンゴル生活を、チューカさんの家で住むらしい。
寒さと睡魔で表情の無くなったボクの右がチューカさんね。
で、おうちがココ。
こんな家(↓)じゃなくてゴメンネ。
で、チューカさんちは、1階が現場。2階がオフィス。3階が家になってるのよ。
スゲエ良い家だったよ。
卓球台まであるのよ。
ボクが泊る部屋はココ。
今までの海外生活で1番良い家かも?!
まさかのモンゴルですよ。
で、ご飯の準備は可愛い息子がじゅんびを手伝ってくれるのよ。
皮を剥いたあとのジャガイモを地べたに置くのは、まあご愛嬌として。
この極寒の国で、あったかい家庭があったよね。
そして、ユタカもその一員。
なんか、モンゴルってイイかもって、更に思ったね。
帰ろうかな♪
やめようかな♪
朝一の汽車に乗って~♪
帰ろうかな by BOOM
あ~あ。あっさり負けちった。
軽く軟禁を受けたし(http://www.yutaka-fa.com/?p=1354)、ウランバートルに帰りましょうか。
これで、いつも通ったこの食堂ともお別れかって感慨にふけながら、いつもの食堂へ。
そして、いつもの食事を。
絶対におっぱいを意識してると思われるコレを食べながら、この食堂でロシア人女性にチームメイト皆の前でフラれた事を思い出したよ。
で、ようやく夜になって夜行列車へ。
負けた後だからか、寒さも倍増ですよ。
こんなにフードを活用したことは未だかつてないよ。
帰りはボクも学んだよ。
上の狭いベッドにならないように、早めに下の椅子をゲットしたよ。
もう重鎮的?
で、おやすみなさいzzz...
気が付くと、すでにウランバートル。
何処でも熟睡出来るって便利だよね。
で、外に出たら、寝起きと早朝ってのでクソ寒い。
こうして、最後、なんにも解散の号令が無いまま、チームは散り散りに去って行ったのさ。
これで、ボクのフットサル大会は完全に終了。
あっという間の3日間だったよ。